陸 海 空 未開の地

交通公共機関を利用した、国内一人旅の記録です。

「サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する」梯 久美子著

 

サハリンへの興味

 7月に「追跡 間宮林蔵探索ルート サハリン・アムール・択捉へ」を読んだ際、コロナの影響で現時点ではサハリン旅行は難しいものの、通常であれば一般の旅行も可能であることを知り、サハリン旅行関連の書籍を検索てみました。

cynchroniciteen.hatenablog.com

 そこでヒットしたのが、梯久美子さんの「サガレン」です。2020年4月初版で新しい情報を得られるのではと思い、早速図書館で予約していました。

旅の醍醐味を再認識

予約した時点で30人以上の予約待ちだったので、予約したこと自体すっかり忘れていたのですが、年も明け、節分を迎えたころようやく順番が回ってきました。

サハリンへの興味はすっかり薄れていたのですが、あまりの面白さに一気に読んでしまいました。

なぜなら、そこに書かれていたのは、私が旅に求めている旅の醍醐味そのものだったからです。

その醍醐味とは何かということをざっくりいうと、ある場所へ旅をするということは、何かの影響を受けて興味を持ったわけで、その影響を受けた自分が、現地で自分なりの体験をし、行かなければ気づくことのなかった世界に出会い、シンクロニシティが起こることです。

旅の計画を立てる時は、ネットを駆使して情報を収集し、失敗がないようににしているので、気が付くと事前に決めたプランに沿って、事実を確認していくような旅になってしまうこともあります。

しかし、旅先でシンクロニシティーが起こると、やっぱり旅の醍醐味はこれだよなと思うのです。

 

ロシア人パン屋と林芙美子シンクロニシティ

前半は林芙美子の「下駄で歩いたパリ」に収録されている「樺太への旅」という紀行文をもとに、林芙美子の旅をたどるものです。

林芙美子は白浦(ヴズモーリエ)駅のホームでロシア人からパンを買ったことを「樺太への旅」に書いているのですが、梯さんはパンを売るロシア人のことが気になり、東京に戻ってから調べています。まずは、北原白秋樺太紀行「フレップ・トリップ」に白秋が樺太旅行中にパンを売るロシア人の家を見学にいった話を見つけています。

そして、ロシア極東連邦総合大学函館校のブログに、アダム・ムロチコフスキーという人が白浦できでパンを売っていたという記事を発見します。

さらに、ムロチコフスキーについて調べ、北海道大学のサイトで、ポーランドの紀行作家の旅行記樺太ポーランド人たち」に、ムロチコフスキーのことが出ていることを発見します。

帝政ロシア時代のサハリンは流刑地でもあり、囚人の中には、当時ロシアが統治していたポーランド政治犯もいたとのこと。ムロチコフスキーは、ロシア革命に巻き込まれ、ニコラエフクスから犬ぞりにのって間宮海峡を渡り、サハリンに逃げてきたポーランド人だったのです。

共産党がらみの容疑で拘留されたことがあった林芙美子に対し、梯さんが以下のように書いています。

「あのときあなたがパンを買ったのは、遠いポーランドで生まれ、革命に巻き込まれて死にかけ、艱難辛苦の果てに樺太に根を下ろした人だったんですよー泉下の芙美子にそう教えてやりたい気持ちになった」

梯久美子さんは、元編集者のノンフィクション作家です。気になったことは、ネットや図書館でかなり調べています。そして、1934年に作家・林芙美子樺太の駅で買ったパン屋が、革命に巻き込まれたポーランド人だという事実にたどり着いています。

90年近くも後の世界で、このことを知れたということは、とても尊いことに感じられてなりません。林芙美子ポーランドの紀行作家が書き記していたからこそ、気づくことができたわけで、梯さんがロシア人のパン屋に引っかかったからこそ、その事実にたどり着き、今私が知ることができたからです。

宮沢賢治チェーホフシンクロニシティーン

後半は、宮沢賢治の旅をたどるものです。

銀河鉄道の夜」のモチーフになっていることでも知られていますが、「青森挽歌」「無声慟哭」「津軽海峡」「宗谷挽歌」「オホーツク挽歌」「樺太鉄道」といった詩から、多くの研究者が宮沢賢治のサハリンへの旅の工程を詳細に調べているので、そのルートに沿っています。

そして、メインとなるのが、宮沢賢治が白鳥湖を訪れたかどうかです。

銀河鉄道の夜」で、ジョバンニとカンパネルラが途中下車する唯一の駅が白鳥の停車場なので、研究者からは、白鳥湖がモデルになっているのではないかとされています。しかし、宮沢賢治の詩に白鳥湖は出てきていないので、梯さんはそことに疑問を持ったわけです。

そして、実際に白鳥湖を訪れたうえで、「銀河鉄道の夜」の白鳥の停車場のシーンで書かれた内容を検証し、考察していきます。

さらに、宮沢賢治が白鳥をを訪れたかどうか調べるうえで、梯さんが参考にしたのがチェーホフのルポタージュ「サハリン島」です。

チェーホフとは、もちろんロシアの劇作家のアントン・チェーホフです。

チェーホフは1890年にモスクワから大陸を横断してサハリンにたどり着いています。目的は流人たちの実態を取材すること。そして「サハリン島」というルポタージュにまとめています。

梯さんは、「サハリン島」を読むことで、チェーホフ宮沢賢治が同じルートをたどっていたことに気付き、チェーホフが「沼地」と表しているところが白鳥湖であることに確信を持ちます。そして、その文章から、チェーホフが「なにもない」ということで白鳥湖に魅了されていることを読み取ります。

そのうえで、宮沢賢治が白鳥湖を訪れたのかどうか考察しています。

 

旅と文学

何かの文学作品の舞台となった地の多くは、地味な観光名所として観光マップに載っているので、時間があれば行ってみますが、説明文を流し読みして写真を撮るくらいのことしか普段していません。

気になったことを調べつくすことで、チェーホフ宮沢賢治シンクロニシティーがあったことにたどり着けたことに、うらやましさを感じます

ネットで多くの情報を得られるために、自分自身の旅の感想が「思っていたより・・・」になってしまうことが多かった気がします。

旅先でのシンクロニシティーだけでなく、自分の中で引かかかったことを徹底して調べることで、時空を超えた出会いがある可能性に気付けました。

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